4位
66勝 70敗 4分
びぃクラスや
星野仙一(55)
4位
66勝 70敗 4分
*順位は月末のもの
打率 | HR | 防率 | 盗塁 | 失策 |
.253 | 122 | 3.41 | 73 | 73 |
順 | 位 | 選手名 | 齢 | 打率 | HR | 点 |
1 | 中 | 赤星憲広 | (26) | .252 | 0 | 12 |
2 | 二 | 今岡誠 | (28) | .317 | 15 | 56 |
3 | 三 | 片岡篤史 | (33) | .228 | 11 | 46 |
4 | 一 | アリアス | (30) | .258 | 32 | 82 |
5 | 右 | 桧山進次郎 | (33) | .293 | 13 | 61 |
6 | 左 | 坪井智哉 | (28) | .250 | 1 | 6 |
7 | 捕 | 矢野燿大 | (34) | .321 | 6 | 27 |
8 | 遊 | 藤本敦士 | (25) | .209 | 1 | 8 |
順 | 位 | 選手名 | 齢 | 防率 | 勝 | 敗 |
9 | 投 | 井川慶 | (23) | 2.49 | 14 | 9 |
*数字は2002年シーズンの成績
星野阪神の1年目シーズン。
野村フィーバーから星野フィーバーに
夫人の脱税発覚からの野村監督辞任。そして突然の星野監督就任の発表。これには関西中が沸いた。
毎日のボヤキを聞き、確執に心苦しくなり、成績はいつも最下位。そんな野村阪神の3年間でファンの心はよどみによどみまくってドロドロの状態だった。
そこに全く正反対のキャラである指揮官が誕生したのだ。「星野ならやってくれる」とその期待には何の根拠も無かったが、ジメジメした空気が吹き飛ぶ、もうそれだけで良かった。
野村フィーバーに続き、星野フィーバーが巻き起こり、キャンプ地には2万3000人のファンが殺到した。この年、日本ハムからFA移籍してきた片岡篤史が「日ハムの開幕戦より客おるやん」と驚いたのは有名な話。
首脳陣には、ヘッドコーチに中日時代からの片腕である島野育夫、チーフ打撃コーチに親友の田淵幸一が参画。和田豊、木戸克彦らも名を連ねた。
選手ではシーズンオフに前述の片岡がFAで阪神へ移籍。助っ人としてオリックスからジョージ・アリアスを獲得した。この二人に野村監督の元で干されていた今岡誠を加え、打撃陣を一新。得点力が大幅にアップした。
シーズンに入ると、いきなり開幕7連勝から一気に首位へ。その後も上位をキープしたが主力選手の故障による離脱から次第に失速。最終的にはBクラス、4位に終わった。
ただ、1998年から続いた4年連続の最下位はストップ。そして、これまでとは違う、何かを期待させる阪神に変わっていくのを感じたシーズンだった。
岡山県倉敷市
1970/08/14