2位
71勝 56敗 3分
もうちょいやった
村山実(35)
2位
71勝 56敗 3分
*順位は月末のもの
打率 | HR | 防率 | 盗塁 | 失策 |
.239 | 125 | 3.00 | 45 | 74 |
順 | 位 | 選手名 | 齢 | 打率 | HR | 点 |
1 | 二 | 中村勝広 | (23) | .175 | 3 | 9 |
2 | 遊 | 藤田平 | (25) | .276 | 18 | 64 |
3 | 左 | 望月充 | (24) | .207 | 7 | 21 |
4 | 一 | 遠井吾郎 | (33) | .262 | 8 | 34 |
5 | 捕 | 田淵幸一 | (26) | .258 | 34 | 82 |
6 | 右 | 藤井栄治 | (32) | .264 | 2 | 32 |
7 | 三 | 野田征稔 | (31) | .209 | 1 | 6 |
8 | 中 | 池田祥浩 | (26) | .283 | 9 | 50 |
順 | 位 | 選手名 | 齢 | 防率 | 勝 | 敗 |
9 | 投 | 古沢憲司 | (24) | 5.20 | 1 | 6 |
*数字は1972年シーズンの成績
村山阪神の3年目シーズン。
阪神の監督経験を持つ金田正泰がヘッドコーチに就任。選手兼監督の村山実がマウンドに上がった際のベンチワークが託された。
新体制となった村山阪神だったが、開幕から4連敗とスタートダッシュに失敗。この状況に球団から「村山は選手一本で」の声が上がり、金田ヘッドが事実上の監督としてチームを指揮することとなった。
これが功を奏したのか、チームは波に乗り5割に復帰。
当初、金田ヘッドが指揮権を持つ体制は一時的なものだったが、チーム成績が好調だったことから継続。結局、シーズン終了まで事実上の監督は金田ヘッドだった。
一方、選手に専念することとなった村山は全盛期の投球は見られず、22試合に投げてわずか4勝。シーズン終了後に引退を発表した。